北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

ダークソウル(特に3)について ※再編集しました、それとお知らせ:2020-10-27

 これまで茫然自失(?)・朦朧・曖昧としながら、『ダークソウル』(特に3)を空漠とした妄言・妄想を書き連ねてみたのだけれども。これも自分なりに回想して考えてみていたような一面が強い。それほど広く知っているわけではないが、(本・映画・ゲームなどの媒体の垣根を別としても)現代のファンタジーとして最高峰の一つだとすら思ったので。

 類似のファンタジーゲームでは、『スカイリム』なども有名なようだし、そちらも見たのだけれども(ゲームとしてはプレイの自由度や拡張ストーリーなどで人気が高いようである)、物語としての「悲壮感」「シリアスさ」の点で『ダークソウル』は一頭地抜いていた(特に3が良かった。それからたまたま閲覧していた実況者さん「上級騎士」氏や「放浪騎士アルバ」氏の動画編集が上手かった印象の事情もあるだろうが)。

 Youtubeではホラーゲームの実況動画を好んでみていたのだけれども、そちらでも印象に残って名作とされるものは、ただのゲームであることを超えている趣があった。ビデオゲームとして面白いことと、印象に残ってリピーターを生むことは、同じようでいて微妙に違うのではないだろうか。たしか『バイオハザード』などは実写やCGアニメで映画化されているが、こういうゲーム題材のCG映画なども、これから増えてくるのかもしれない。

 

                          *  *  * 

 

 さて、感想を含めた考察(?)のような、つらつらメモ書き。

 まずグラフィックが凄くてCG映画みたいで、(自分はあまりやったことはないが)RPGゲームとしても充実して作りこまれている様子であること。けれども本当の魅力はその世界観やストーリーにあるように思う(よく練られているし、製作者さんたちにその方面でかなりの教養があるとしか思えない)。

 独特の世界観が、ちゃんと古い神話をモデルに再構築されていること。よくある英雄神話をモチーフにしながら、「薪の王」のイメージはオーディンの苦行やキリストの磔刑を元にしているように思われる。古竜を倒した大王グウィンの「最初の火」というのは、おそらくギリシャ神話のゼウスやプロメテウス(人間に火を与えた)のイメージも下敷きなのだろうけれども(ゼウスが戦うのは古い巨人の神々だが)。ちなみにインドのインドラ(雷を使う?)も竜退治するし、「火」や「竜」は世界各国の神話で頻繁に出てくる(?)。

 さらには登場するキャラクターが魅力的で、それぞれに小さな物語・サブエピソードがあるところの作りこんだ充実感、群像劇としての面白みがあること。

 そしてある種の現代性。人間の本質を「ダークソウル(暗き魂)」としながら、「始まりの火」が継がれることで(普通の意味での)人間性が保たれているとする。そういうシリアスな人間自身(や社会)のあり方への寓意性があること。また、国だの世界だのが、人為・虚構の作られたものであることを冷静に認識しながらも、それを守り続ける人々の姿は、歴史そのものの寓意のようである。主人公の「火のなき灰」(失われたソウルの受け皿)という位置づけも、現代を生きるプレイヤーの共感を呼ぶ部分があると思われる。

 

 ついでなので(3を中心に)自分的にベストエピソードを挙げてみたい。なにしろ長い話なので、興味を持たれた方がYoutubeで検索してみるのにも役立つかもしれない。

 

 作中のベストエピソードとしては、「罪の都」でのジークバルトと巨人王ヨームの(親友同士の約束での)決戦シーンが特に心に残っている(中盤の山場)。また前半のクライマックスである「ファランの不死隊」とのエピソードも(ボス戦闘後のホークウッドの「これが英雄の末路なのか、哀れなことだ……」の言葉から)「薪の王」の悲壮な本質が垣間見えるようである(普通の意味での「王様」や「英雄」と一線を画すハイレベルさ)。

 また、(そのために生み出されながら)薪の王となることを拒否したロスリック王子の(感情として人間的な反抗の)物語(中盤の終わりの「ロスリック城」)や、終盤の「闇喰らいミディール」(竜)や奴隷騎士ゲールの最期(最終決戦の直前)などもお勧めかもしれない。

 なお3では「薪集め」が終わってからの終盤、「伝承の地」「吹き溜まり」以降が、かなりボリュームのある続篇のようになっている。

 

                          *  *  *

 

 たいていの場合、最後の「火継ぎ」のシーンは、それまでの物語の経緯や意味を知っていれば、それだけでもなんとなく感動はするかもしれない。なにしろ「始まりの火」を自分の身体に燃え移させて、自分自身が緩慢な焼身自殺のような「生贄・燃料」になることで、「火に照らし守られた世界」を継続するのである(笑)。

 ただ異色なのは2の「火を継がない」エンディング。2では火継ぎの儀式そのものが実験的・補助的な模造品で、効果が薄いと見て、別の根本的解決法を求めて旅立つ終わりも選択できるようである。……あまりネタバレするのもどうかとは思いつつ。ラストで暗闇の道を一人で進む主人公に、かつて因果の超克を試みて挫折した「原罪の探求者アン・ディール」が「光も闇も消えた先に何があるのか? だがそれを求めることこそ我らの試練!」などと語りかけるシーンは、かなりカッコイイです(笑)。なんというか、実際に無茶な今の世の中で未来だの答えだのを求める現代人の心境の代弁のように思えるのですよ。

 

 

(※再編集しました、それとお知らせ:2020-10-27)

ところでダークソウルがらみで「禿パッチ万歳!」みたいな妄言を垂れ流していたのですが(パッチの正体って実は古代の「輪の騎士」の生き残りじゃないのか?説ですとか)、削除して感想文の記事だけまとめておきました。

それと自作のSFもどき(お笑い系?のダラダラ長いやつ)もこのブログで掲載していたのですが、そちらもまとめて削除しました。