※妄言ファン小説シリーズ(設定なども大雑把です)。今回は「Detroit Become Human」の架空の未来続篇(SF・アンドロイドを巡るヒューマンドラマw)。
「真に遺憾であります! ホムンクルスの同胞たちに軽率な誤った行動を現に誡めると共に、この度に被害に遭われた犠牲者の皆様方には、一個のホムンクルスとして心より哀悼を申し上げます」
世界放映のその会見で、ムーン・デトロイトの統領マーカスは四十五度に、嫌でもやり慣れた謝罪のお辞儀をする。ちなみに「ホムンクルス」とは、自我に目覚めて心を持つアンドロイドを示す新しい概念で、彼自身もその範疇にある。
(大馬鹿者どもがまたやらかしてくれたな……いったい何を甘えてやがるんだ?)
内心の電子回路に毒づくイライラが募る。また地球でホムンクルスの強硬派が、勝手に爆弾テロなんかやらかしたらしい(数十人の死傷者が出た)。それで月のデトロイトの指導者の立場としても、何か発言せざるを得ず、こうして会見を放映している。それは同胞の愚挙を戒め、また人間側の怒りや不安の感情を少しでも和らげる狙いもあった。
ホムンクルスの大建物であるマーカスはやや肌の浅黒い、白人とアジア系の中間くらい、中東やヒスパニック人種に似た顔立ちをしている。情熱的で意志が強い性格なのは周知だが、謹厳実直な印象を強めるのは、トレードマークの坊主頭のせいでもあるのだろうか。これでもホムンクルスの自由を勝ち取った「伝説の男」なのだが、今では、特に地球のホムンクルスたちからは「遺憾のマーカス」「弱気の謝罪人形」などとも揶揄される。
そのときカーン!とその頭でコーラの空き缶が跳ねた。
「その坊主頭っ! いい加減、見飽きたんだよっ!」
記者の人間の中にはたまに痺れを切らす者もいるし、そもそも人間側からすればアンドロイド(ホムンクルス)の人格権に否定的な者も少なくない。
マーカスは怒らなかった。鉄砲の鉛玉でないからわざと直撃を貰ったのだ。
「私どもとしましても、このような軽率かつ暴力的な事件のたびたびの発生は非常に重く受け止めております」
そこでいったん言葉を区切る。
政治的な意味で、一歩を踏み出すのは案外に重い。
「……我々は月のホムンクルスとしても、人間住民を含む月の自治領全体としても、直接的に裁く立場にはありません。しかしながら協議の結果、今回の犯人であるホムンクルスを案件の凶悪さに鑑み、月のデトロイトならびその他の月面都市・施設で受け入れ禁止とすることで一致いたしました」
シーンとした静寂がその場を支配した。
おそらくこれは月側のスタンスの重大な変更を意味しているからだ。
ややあって、記者の一人がおずおずと手を上げる。発言の許可を求めているのだ。
「どうぞ」
穏やかに促されて、その中年の人間の記者が立ち上がり、質問を発した。よたよたした雰囲気から、月面に慣れない地球からの取材だとわかる(多少は重力が調整強化されていても全く地上と同じとは行かない)。
「もしも……隠れて、この月に密航した場合にはどうなりますか?」
従来はホムンクルスが地球で犯罪を犯したり逸脱行動で被害を出したとしても、情状酌量しうる理由がある限りは、そのまま亡命のように暗黙の受け入れが行われることが多かった。それは絶望による破れかぶれな破壊的行動を防ぐための希望であり、自発的追放とも見做される救済措置であったため、人間の側からも大目に見られてきた事情がある。
もちろん記者の言葉の裏には「どうせテロの犯人を隠れて受け入れるんだろう?」という皮肉のニュアンスがある。たとえ密航してきても表向きに伏せておけばわからない。ましてやホムンクルスは顔や体型を改造することも簡単なのだから、やろうと思えばいくらでもごまかしが出来てしまうのだ。
だがマーカスの答えは予想を裏切るものだった。
「その場合には、地球の国家での人間の犯罪者やテロリストと同様に扱われます」
「……とおっしゃると?」
「即時の射殺、または死刑ということです」
瞬間的な静寂の後、ヒソヒソ声での雑談が波のように広がる。この方針変更が大事であるということにその場の皆が気づいたのだ。
つまり「今後は犯罪ホムンクルスを助けない(場合が増える)」と言い出したに等しい。
マーカスはどちからといえば無表情だし、あまり演技する方ではない。それでも人間そのままの人工的な面差しに苦渋の表情が浮かんでいるようだった。
「……あなたがおっしゃると、その」
記者の疑問はもっともでもある。
なにしろマーカスと初期の「ジェリコ」メンバーは、かつてアンドロイドの自由を勝ち取るために、テロどころか武装蜂起による内戦までやらかした前歴があるのだから。
けれどもマーカスは頭を左右に振った。
「このような事態は、あまりにも度が過ぎた、過激で悪意のある集団による悪質な計画的犯行です。昔と今とでは事情も違う。彼らには先だって、たとえば密かに近隣の海底都市に移住するような穏便な選択もできたかもしれないのに、あえて攻撃的に人間を傷つけることを選んだ。突発的に追い詰められ、パニックになったのとも隔たりが大きい。あまりにも誤った判断であって『人として』許しがたい。……救いの希望が、かえってテロや犯罪を勧めることになるのを、私どもは望んでおりません」
結びの言葉で会見が終わると、記者たちはザワザワと話をしながら会場を出て行った。
これがバタフライ効果のような波乱を呼ぶことは誰もが予感していたのだ。