北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

バタイユの「呪われた部分」4 戦後フレンチ​パヨクの精華

で、このバタイユという人は当時(戦後すぐ)のフランスの共産主義者らしい。
ちなみに共産コミンテルンの戦前から戦後にかけての国際的な裏諜報工作の数々は(日本もアメリカも嵌められて戦争で自滅したのだそうだが)、二十年以上も前に「ヴェノナ文書」が知られた時点で暴露されているようだが、日本では何故かあまり知られていないようだ(自分もはっきり知ったのは最近である)。

バタイユはたしか本屋で昔に見物した記憶では「アセファル(無頭人)」なる秘密結社ごっこをやったり、中国の残虐処刑の写真を著作に掲載して論じたりもしていた。アブナイ人だし、裏で何やっていたかわかったものではない。
ただし彼の場合は元は戦時中にフランスの愛国レジスタンスに協力し、郷土愛からカトリック信仰と地元の大聖堂を讃える激文パンフレットも書いたりしている(「ランスの大聖堂」が砲撃に耐え、また幸福な祝祭の日があった思い出を語った、たしかそんなのだったと思う)。共にナチス・ドイツと戦った(フランス愛国者にとっての)友邦であったソビエトロシアに(心情として)弁護的になるのもわからなくはない。

……この著作「呪われた部分」での「全般経済学」の見方は、根底でそんなの真摯さの系譜も多少なりとも引いていると思われるし、人間や社会の本質への考察は興味深くはある(共産パヨクの偏向・自覚無自覚の悪意を考慮して、鵜呑みでなく批判的に読まなければいけないとしても……)。それこそカントの「実践理性批判」(おそらく代表的な最良の哲学書)並みに鋭く的確に人間や社会の本質を突く反面で(逆説的な論法でだが)、素性が共産シンパである上に怪しげな独自の神秘思想を持っていたようで、やばさ満点でもある(だからカントの「実践理性批判」のように「原則論としてはほぼ百パーセント正しい」などと頭から信じて良いわけでは全くないだろうが)。
昨今の「パヨク(劣化腐敗左翼)」とは質が違うように感じる。まさしくレベルの違う「戦後フレンチ左翼」の第一人者であり、まさしく一級品の「呪われた天才」だ。

 

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彼は「呪われた部分」の本論終盤で、ソビエトを擁護しつつもその本質が、後進大国の開発独裁でしかなかった事実をかえって暴露していたりもする。当時のソビエト・ロシアが社会主義共産主義以前に(それを理想や建前とした)後進国開発独裁・愛国軍事独裁でしかないことは、バタイユ自身の論述(たとえどんな風に結論しようとも)を読めば明らかなことである(今の中国や北朝鮮も同様である)。挙国一致で手段を択ばず頑張れば、それなりに(一時的には)成果が出て当たり前で、ただの「共産・左派思想による強硬な愛国全体主義」でしかなかった。だからそれを自ら自覚すれば、ロシアがペレストロイカして統一ロシア党(だっけ?)の主導になったのは自然な成り行きなのである。

また、アメリカのマーシャルプランの意義として古典的な資本主義の目先の利益でなく、より巨視的に全体的な人類の幸福と利益を考慮したのだと称賛の(他の人の)論説を紹介してもいる(ただしバタイユ本人はあくまでも「余剰の富の蕩尽」の視点から理屈をこねているw)。バタイユは独特の(少将破壊的な?)神秘思想に結び付けたがっているようだけれども、自分としては目先の利益だけでない「全体的な人類の幸福と利益を考慮」した、(既存の資本主義・自由主義の原則のみへの妄信ではない)修正自由主義・補完された資本主義といった考え方が良いと思われる(もっとも、そういう人間の良知や善意をパヨクはすぐに腐らせてしまうのだが……)。


今現在の赤色中国などはおよそロシア・ソビエトの堕落した二番煎じでしかないし、今の日本やアメリカの共産シンパも腐ったテロ犯罪外患共謀利権の集団でしかなく、既にマルクス共産主義は「形骸化している」のだと思われる。
なお、巻末付録の小論(「消費について」、戦前の早い時期に書かれた関連論文?)はまだ未読だが、そのうち気が向いたら読むかもしれない。