北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

ごずめず! 3.牛肉道の哲学

牛頭大王が浄土が浜での、馬頭観音の講義に友情出演した。テーマは「牛肉道」について。

「日本では肉食はあまりポピュラーではなく、牛や馬は運搬や農耕用の高級家畜でしたから、残飯処理とか番犬の犬やネズミとりの猫と共に、社会を「運営する側」だったわけですよ」

横で馬頭が納得顔で頷き、浄土が浜の聴衆は耳を傾けている。

「そして、明治の文明開化以降に牛肉がよく食べられるようになったわけですが、そこにも独特な文化がある。農家で乳牛だけでなく、肉牛も飼育されるわけですが、やはり牛には伝統的な敬意がはらわれる。首にネクタイのように赤い布を着けて飾り、さながら戦士を赤紙で戦場に送り出すかのように」

牛頭大王はどことなく誇らしげである。

「そして引き取って処理する精肉業者は、いわゆる昔の「部落」なわけですが、そこにも道理がある。家系としてある種の殺生の罪深さを理解して、お守りや護符なんかを持っている方も多いようですが「その発想が既に日本的」なのです。動物の命に人間に近い価値を感じて、敬意をはらって供養するのは日本的な仏教や神道の観念ですから。
大事に牛を育てたお百姓さんからすれば、おかしな業者に渡して、下手な苦しめるような処理をされたら、自分が侮辱されるようなものですからね。そこに日本の実務階級の国民同士での、暗黙の信頼と連携があったのです」

そこで牛頭は言葉を区切り、しばしの沈黙のあとで悲痛に語った。

「しかし「どうせ同じ肉屋だ」などといって、心ない朝鮮人とゴッチャになるから、品位を失って堕落してしまう。
だいたい「部落」なんてのは江戸時代の士農工商での建前上は最下層ですが、皮革利権があったり代表の戦闘員に忍者部隊を出したりもしてます。好き嫌いはあるにしても、しょせんは日本の珍品レアキャラクターの一種です。ですから在日や共産左翼の被差別者プロパガンダに騙されてはいけません」

そこで牛頭大王は「オージービーフ!」と掛け声の拳を振り上げて、演説を結んだ(あえて和牛の友軍にエールなのか?)。