北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

不条理地蔵 10.深夜のビデオ放送(と考察・靖国の心理)

深夜のテレビでモノクロの荒い画像(ビデオ映像?)の中で、土下座して垂れ流しになっている誰かさん。たっぷり二十年も続いた「未来への排便」を完遂しようとしている、実に感動的な光景だった。

「そんなもんは自己責任なんですねえー、家畜奴隷ジャップはアホからしょうがないんですー! 下層国民は素直に一生奴隷苦役して当然なんですぅー! 社会の摂理なんですー、自然の法則なだけなんですよー、私は世の中の流れに合わせただけでー、社会ってそんなもんですからー、これは仕方がないんですよー、私は、誰だって仕方がなかったんですよー」

対する地蔵菩薩は静かな石のような無表情で、どこか刃物じみた恐るべき凶器を携えてこう言った。

「自己責任、仕方ない」

画面が乱れて砂嵐のようになり、断末魔の悲鳴が歪んだ断続的に響き渡った。暗転して消えてしまうまえに、血塗れになった誰かさんがカメラに大写しでしがみつき、「殺さんといてくれ」と絞り出した。投げ掛けられる地蔵の影は、大きな鈍器か刃物を振り上げている。何回も鈍い音がして、モノクロだったテレビの画面が赤く染まり、それから消えてしまった。

 

    *  *  *

 

(考察・靖国の心理)

おそらく靖国の英霊を崇め奉るのは、そうしないと国や社会が(倫理や価値観的に)成り立たないからなのだろう。「有難い」ことにして、ある程度は理想化してでも感謝しないと(戦争時代を生き残った)日本人は(身代わりの生け贄にしたことで)精神崩壊して発狂するしかなくなる。
たしかに自分らの国や公のために死んだ身内の人間を、たとえ「死後の名誉」という形でも顕彰や追悼したいのは、人間の自然な心理ではある。しかしそこにはエゴイズムの誤魔化しもあるのは事実。過剰に美化盲信すると破綻する。
いかに靖国があるからといって「ガンガン戦死しても大丈夫」とか、「英霊は絶対的に立派だ」とか考えるのは間違い(馬鹿)。これ天皇陛下が一応は現人神ではあってもドラえもんではないのと同じ理屈。

ついでに言えば(日本人が大好きな)「真面目にまっとうに生きる」「謙虚で協調性が大事」という一般常識と自己弁護も、場合によってはハズレになる。
もちろん基本的にはそれで正しいし、それなりに「倫理的な価値(や意義)」はあったとしても、最悪の場合には「かえってバカや無責任とあまりかわらなくなる」ようなケースが多々あるのだろう(※1)。

西洋の哲学でも、自然法則と道徳法則が別次元の問題であることはカントが理論的に指摘しているが(デカルトの時点で自然学と倫理学が別物なのは自明だった)、それらに上手く折り合いをつけて最適解を出せる賢明さが一番難しいのだろう(※2)。

 

 

(更なる余談)似たような話としてかどうかは知らないが。

※1たとえば軍隊の格言で「頭の悪い働き者は銃殺や除隊しろ(間違った真面目さでかえって敗北を招く)」「有能な怠け者は最前列で作戦指揮させろ(合理的に判断・行動するから)」という逆説もあるようだ。

※2さっきたまたま「任天堂(マリオのゲームメーカー)が課金ガチャをやらない理由」なんて記事を見つけた。「一時的に暴利を上げることよりも長期的なブランド力を優先しているから」というのだが、そういう判断が一番難しいのだろう。