北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

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ネロとコモドゥスのこと、長所で失敗?した事例?(ローマ史への妄想と考察)

三世代説について考える中で、「最初からあった偏りが増大して三世代目で具体的な打撃になる」「人間はしばしば長所によって失敗する」というふうな考察をしたけれど、古代ローマ皇帝のネロとコモドゥスの事例を考えてみたい(ローマ史は長すぎて分量が多すぎるため全貌把握不能、本格的なファンやマニアほど詳しくないけれども)。

ネロはしばしば暴君の代表のように言われるし、失敗したのは事実だろう(反乱で自殺に追い込まれている)。しかし全く美点がなかったかと言えばそうではなかったのではないだろうか? 学芸に秀でていたとも聞くが、それに悪い意味で入れ込み過ぎて自滅したのではないだろうか(若すぎて判断力や責任意識が追いつかなかった?)。ローマでの大火の際にも「ネロが迫害で放火した」といわれるようだが、実際には消火活動していた説もあるらしい。
もしネロがより怠惰で芸事や美術に入れ込んでいなければ(無駄な浪費と各種の徒労)、逆に長生きしたかもしれない。あるいは国と時代が安定していて、放っておいても政治情勢や国家運営が万事無事なような時代なら、ただの「天下泰平の風流天子」で事なきを得た可能性もある。
ネロと似た事例として、中国(中世の北宋王朝)の徽宗皇帝や日本の後鳥羽上皇(※渡辺昇一「中世史入門」参照)が挙げられると思う。いずれも当時の文化人としては最高のレベルだったのだろうが、君主や政治指導者としては長所(?)が仇にしかならず自滅する羽目になったのである。なお前漢王朝の武帝などもそれまでの蓄財を浪費してしまって次世代に禍根を残したわけだが(孫の宣帝が質素にして財政再建に必死だったとか)、武帝の場合は武闘派な性格で反乱分子を抑え込んで逃げ切ったようである。

 


それからコモドゥス。ややマイナーだが、黄金期の五賢帝の最後であるアウレリウス(「自省録」で有名なストア哲学者の名君皇帝)の息子である。あまり詳しくはないが、自分なりに「ひょっとして」などと思ったところを書いてみる。
後世に「馬鹿」の代名詞になったらしいコモドゥスは、自ら闘技場(コロセアム)で選手として戦ったそうだ。よほど鍛練していなければできない芸当だし(初期の共和制ローマなら戦士としての鍛錬は美徳なのである)、あるいはストア哲学の勇武の美徳を実践してローマ市民を教導しようとしたのかもしれない(案外に彼なりには国民の手本に良かれとでも思って悪あがき的に頑張ったんじゃないのだろうか?)。
実際、初期のローマの闘技場はただの娯楽ではなく、訓練や実戦を見ることで戦いに慣れる意味もあったようだ(敵の「象」部隊に慣れさせるために闘技で実物と対策の実践を見せるとかもやっていたらしい)。しかしコモドゥス時代には既にただの見世物でしかなく、(自ら自国防衛に立ち上がって戦うことを忘れた)当時のローマ市民たちからは笑い者にされただけ。余談ながら、今の余命プロジェクトの護国裁判騒動などにしても、似た面がなくもないかもしれない(やっている本人たちではなく、意味を理解できずに見世物としか思わない多くの日本人の現状こそが真に滑稽なのでないか?)。

あるいは初期の共和制時代のローマなどならば、一種の勇将や豪傑君で通ったかもしれないが、あいにくコモドゥスは(爛熟した)帝政ローマの皇帝であり、しかも政治手腕を欠いていたのだろう。彼に真に必要だったのは剛勇ではなく、むしろ小心姑息なまでの政治的な賢明さと狡猾さ(支配者としての狡智?)で、バランスや適性に問題があった。これも長所が裏目にしかならなかったわけである。

逆にティベリウス(二代目の皇帝、ワンマン独裁者)などは共和派の視点から批判されるし独裁君主ゆえの欠陥や失敗もあったにせよ(特に終盤は堕落してダメダメだったとか)、それでも当時のローマ帝国と政権を維持するのに成功したのは事実なのである。そもそも当時の元老院・共和派が無能で当てにならなかった事情もあるのではないだろうか?(カエサルだって、もしも元老院の長老・元老たちがカトーやキケロみたいな?信頼できる有能さんばかりだったら、そもそも独裁は不要かつ不可能だしやろうとも思わなかっただろう)。
東洋の類似事例に目を向ければ、たとえば中国の項羽などは非常に勇敢な英雄なわけだが、より小心で臆病な漢の高祖に負けて天下を奪われている。武将や個人としてなら項羽の方が秀でていても、担当する物事や争い事柄によってはそれが全てではなく、しばしば長所が役にたたなかったりかえってマイナスになることがありうるのである。

だから「運の巡り合わせ」というのもバカにできないのだろう。

 

 

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