北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

「逆(アンチ)ローマ帝国」としての共産民族帝国主義 / 古代ローマ帝国兵士は晩婚?(古代ローマ帝国の話題、その5)

お題「#買って良かった2020

ところで、古代ローマ帝国の最盛期・黄金期の頃についての本(塩野七生「賢帝の世紀」)を読んだりもしたのだが(ちょうどスエトニウスの初期の十二人の「皇帝伝」のすぐあとの時代の話だ)。それで考えたことには、現在の共産マフィア帝国主義(中国と南北朝鮮など)による世界侵略と支配のやり方は、古代ローマ帝国の「悪趣味なパロディ」「反ローマ帝国」であると思った(たとえばキリストとアンチキリストのような、一見は類似して正反対の関係なのである)

 


古代ローマ帝国では被支配者である属州の支配階級や協力的な者たち(補助軍に勤務した世襲の権利)に「ローマ市民権」を与え、駐屯したローマ人たち(しばしば帰化定住)と共に現地を監督支配したわけだ。このやり方は、世界各国内の共産シンパや移民(典型例は在日)によって侵略支配する手法と良く似ている(おそらく本人たちはそういう意識なのだろう)。
しかし決定的に違っている点が三つある。それによって、(ローマ帝国と現代共産マフィアの民族帝国主義は)やり方の手法こそ似ていながら、意味と効果が真逆になっているから「悪趣味なパロディ」ということになる。
まず第一に、古代ローマは周辺各国の中で抜群の武力があり、正々堂々の戦いで(地中海)世界を制覇したチャンピオンである。つまり勝者が敗者側に手を差し伸べ、権利と恩恵(各種の権利や防衛などの援助と支援)を与えて懐柔・仲間にした形だから、支配される側の属州もそれなりには納得している。
しかし中国や南北朝鮮のやり方は、日本などの友情を逆手にとった詐欺による侵略なのである。初期ローマがカルタゴ(初期のライバル国)から巨額の経済支援を受けていただろうか? (南北朝鮮なども詐欺虚言が著しいが)善意と友情と信義をひたすら欺き踏みにじるやり方は、それだけで不信と憎悪を生まざるを得ないだろう。

第二には古代ローマ帝国では「真の多文化共生」であり、各地域や国の文化や生き方を尊重したこと。赤色中国のようにウイグルチベット民族浄化しているわけではないし、各国の代表に「ローマ市民権」を与えて、帝国全体の支配システムへの参加も許した(最終的には参加各国や地域現地で「ローマ市民」という名目の地元支配層が半自治しているのと大差がなくなってくるし、各国に配置される「ローマ軍」そのものが現地人や各国参加の協同防衛軍のようになっている)。ローマ本国は帝国全体の治安と統制システムを司って国際法を定めた盟主・調停者であり庇護者であった。

第三には、支配者(宗主国)側に「徳」があるかどうかである。古ローマ帝国軍の兵士たちは駐屯する地域のために自ら汗水流してインフラ(道路や水道や防衛施設)を整備し、現地人の補助兵たちと共に現地社会に尽くしたのである(寄生虫生活保護補助金を詐取している連中とは違う)。ローマ本国は「模範となるモデル国家」でもあったからこそ、半ば自発的に「ローマ化」が進んだ(良い友人の美点を見習っただけで、必ずしも強制や押し付けされたばかりではない)。つまり古代ローマ人は人間や集団として優秀有能で「尊敬できる連中だった」からこそ、属州側も感謝と信頼して自ら傘下にあることを望み、結果が「ローマ帝国共栄圏」になっていた面があると思われる。
ゆえに「偉大なるローマ」はその後に衰退して滅んでも関係各国からリスペクトされ続けた。ドイツ(ゲルマン人)が「神聖ローマ帝国」を名乗ったり、ギリシャ人が「東ローマ帝国」を名乗ったりしたのも(ローマ帝国では文化面での第一人者としての名誉が与えられて、第二の都になっていた?)、古代ローマ帝国が「被支配者としての屈辱」ではなく「共存と栄光の記憶」だったからに他ならない。ルーマニアなどは「ローマニア」の意味であり、古代ローマ軍の駐屯したローマ文明圏の後裔であることを誇っているし、オーストリアハプスブルク家は名目上は神聖ローマ皇帝であり(一次大戦まで存続)、ドイツのヒットラーは「第三(のローマ)帝国」を名乗った(かつて内地延長主義で統治された台湾人が旧日本帝国に仲間意識を抱き、今でも「日本精神」に共感したり、昔の日本人総督の写真が「前任者」扱いで総統の公邸に飾ってあるのと同じ心境と理屈だろうし、古代日本の朝廷が日本全域を統一して「日本人」意識が確立したのとも類似している。ちなみに歴史家で元老院議員でもあったタキトゥスは実は南仏の「共和制ローマ時代の辺境・初期属州」出身者と聞くが、古代の日本統一後に関東の荒武者が朝廷に仕えて出世したのと同じことなのである)。
しかしながら、今現在の中国や南北朝鮮(さらには在日や悪質移民)にそんな「徳」があるだろうか? 自分の国すら満足に統治できず、挙げ句は近隣や地球全体の諸外国への侵略と収奪に血道を上げている。そうやって「地獄の支配」を拡散しようというのだから、嫌われ憎まれ嫌がられて当たり前である。

たとえば属州に駐屯(や現地に帰化)したローマ人の兵士が、果たして在日のように素性を隠し偽っただろうか? その違いが全てを表しているように思われる。少なくともローマ市民権を持つことは社会的ステータスで尊敬され(プラスの意味での差別であるから)、むしろ胸を張っていたはずである。

 

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付録コラム「ローマ帝国の兵士は晩婚?」

追加のネタを「賢帝の世紀」(塩野七生のローマ史)から。
どうも盛期の古代ローマ帝国軍兵士(一般兵、トップエリート層はそこまで厳しくなかったにせよ)の規定された年季は二十年(補助兵は二十五年)で、その間なんと「(正式には)結婚禁止」だったらしい(勤め上げれば特典も大きかったそうだが)。ちなみに当時のローマ社会では妻は十歳強ほど年下が普通だったそうだ。
で、その間(軍務期間中)に生まれた子供は認知はされても「庶子(婚外子)」なのだそうが、属州への駐屯兵士たちは退役後に現地に居着く気満々、そのための町までつくってしまったりした(それで人材流出して本国が弱体化したのか?)。しかし兵士たちには満期で退役してから落ち着こうと考える者も多数いるはずだから(中途で辞めたのでない限り四十とかになってしまう)、当時の古代ローマ帝国兵士には「晩婚」も案外に多かったのではないだろうか?(妻の年齢もそれ相応ということになるだろう)

関連して。これは前に書いたことだが「昔の日本は結婚が早かったが、子沢山でもあったから、末っ子が母親四十歳近く」なんてことも割と多かったのでないだろうか? 日本の少子化問題に拍車をかけて悪化させているのは、(戦後の慣習に)悪意の(日本破壊工作の)プロパガンダが手伝った固定観念が一因のようにも思えて仕方がない(苦笑)。