北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

賢帝にして戦犯? アントニヌスピウスの場合(古代ローマ帝国​の話題その6)

お題「#買って良かった2020

世間一般では「立派な君主や指導者なら失敗しない」と考えがちである。しかし、アントニヌスピウスという皇帝は「賢帝にして戦犯」という、典型的な事例であるらしい。なお、お勧めする参照書籍は塩野七生ローマ史(新潮文庫)の29巻(「終わりの始まり」上)。たとえ上巻一冊だけでも読む価値があると思われる(塩野ローマ史はほとんど読んでいないが、半ば偶然に読んで「これは!」と今の日本の現状と重なる話だった)。

五賢帝の四人目であるアントニヌスは、元は先代のハドリアヌス帝の腹心で、皇帝が帝国内の防衛体制を片端から査察して補強や整備している間、ローマ本国で内政業務を指揮した優秀なブレーンだった(古代ローマ帝国は「元首政」が建前で、皇帝は終身大統領に近い地位)。非常な人格者でもあり、ハドリアヌス帝の死後に「元老院への態度が悪かったから気にくわない」と、(神としての)祭祀を拒否されそうになった際には、元老院を涙ながらに説得している(ピウスとは「慈悲」を意味するあだ名である)。次期皇帝候補としての養子であるマルクスアウレリウス(手記の「自省録」を残した哲人皇帝で偉大な名君とされる)からも心から敬愛されていたようだ(娘のファウスティーナをアウレリウスに嫁にやっており、夫婦仲も至極良好だったようである。子供が多く、末っ子が生まれたのは夫五十妻四十歳くらいのときらしい)。

それではなぜ、そんな立派な人物のアントニヌスピウスが「戦犯()」になってしまうのか?(ここで言う「戦犯」とは、直接目に見える悪政や失敗をしたというよりも、後々に国難を招く遠因を作ってしまったという意味である)
理由は偏りによる盲点。文人官僚として内政能力は高かったのだろうが(そもそもが善意と誠意の人だから、それなりに良く治まったようだが)、軍事や防衛に関する理解を欠いていたり、事務的で属州の実地見聞の経験がほとんどなかった。後継者の養子アウレリウスの教育でも、内政や事務的な仕事面では「帝王学の奥義」を直々に伝授して全力でウルトラエリートに訓練したが、視野の盲点による弱点までが反映してしまったらしい。真面目で律儀で誠実だが(その人徳で帝国が維持されたにせよ)、長期戦略的な視野や見通しが足りなかったとか。また「事なかれ」的な穏健過ぎる性格で「有能でうまくやっているから」と、各方面の指揮者役職の交代を適宜に行わず、緊急事態に(有能でも老衰していて)迅速対処できなくなる原因になったりしたらしい。

それらの「盲点の積み重ね」と各種の不運が、次世代のアウレリウス帝の時代になって、一斉に火を吹いたものらしい。「賢明で良心的で人格者だから絶対に大丈夫」と考えるのが間違いで、ときにはハドリアヌス織田信長みたいな、いささか強烈な性格のキャラクターにも有用性はあるのだろう(塩野氏曰く「円満な性格ゆえの限界もある」云々)。

人皇帝アウレリウスの息子がコモドゥスで、そのあとは百年近く内戦や混乱やで迷走の時代に突入だ(南無!)。なお、「コモドゥスって実はそこそこ賢かったんじゃないのか?」という疑惑については先に述べたが、コモドゥスが十年は皇帝を勤めたあと(暗殺)、あとを継いだ元老院代表の新皇帝は僅か2ヶ月しか政権を維持できなかったのである(当時の元老院や支配層や世の中も腐っていたのでは?)。