北極茶釜:狸沼(たぬま)のブログ

日記・時事問題、自作小説(R指定?)。/「もえるあじあ」「保守速報」や「余命~」とかをよく見てますw

「三世代説」考の補足、現代(平成)日本のこと

ここのところ、「三世代説」(三代でダメになる)について、古代ローマ帝国の事例など含めて(シリーズ記事的に)考えてきた(先日に新設した「歴史と哲学」カテゴリに分類整理)。
一般には「三代目は苦労知らずで堕落するから」というふうな解釈だけで終わりがちだが、「本当にそれだけか?」と。自分が思うには「世代ごとに(元からあった)偏りや盲点が助長されて、本来は長所である性質までが(三代目でバランスが狂って)裏目にでて短所になり、それで自滅するのではないか」と。サーベルタイガーの牙と同じ理屈で、過剰さが仇になる場合もある(絶滅原因)。

こんなことを言うのは、特に護国闘争を支持するなかで、今の日本人の痴呆お花畑や日和無責任を見ていて「選抜された優良家畜みたいだ」としばしば思ったからだ。客観的に見て、まったく全面的にダメかといえばそうでもなく、「勤勉で真面目で謙虚」と言えばその通りなのだろう。しかしある面でありえないほどバカで盲点的に欠落している部分があるのだと思う。
護国闘争に限らず社会のあり方全般でも、洗練されていくほどに、長所に伴う盲点や欠陥も増大していくという一例だろう。選抜と足切り基準が上がって、昔なら容認された者が許容されなくなり(私とか「アンチテーゼ」そのものかw)、暗黙の基準で「洗練された」ただし「偏った」人間の在り方が大勢を占めるようになる。そうすると「ある一面では非常に優れているが別の面の盲点や欠陥が致命的」という集団(国民など)になってしまう。

なまじっか、自分とかは(護国や愛国とは)逆に、むしろ世の中を滅茶苦茶に破壊する側の方が適性あったかもしれない。私みたいなのが、護国勢力側を積極的に支持したのがむしろおかしい? あいにく、パヨ左翼(民主党共産党)はあまりにも酷すぎたw

 

以前に余命プロジェクトにメールで言ってやったのだけれども「今の日本人は子供らや孫らが食肉にされて意味がわかっていないし、自分等が生革を剥がれても仕方がない」。数年来の護国闘争の経緯を見ていて、日本人全般についても「靖国や明治伊勢熱田加茂出雲の神宮で「美しい土下座」の練習でもしてろ」が本音です。
なお地元についても(こちらは多分に個人事情の私怨で)「転売品や消耗品が欲しけりゃ、ベトナム人でも朝鮮人でも輸入して、勝手にスラム街になって外人マフィアに支配されてろ」と思っております(歴史的に傭兵は山賊稼業の近縁一種ですが、日本人の派遣や偽装派遣は傭兵以下の優良奴隷だからいけない、それを使う側も派遣の転売元締めも甘えています)。学生時代に古典哲学やら道場通いするよりも、いっそスーパーフリーにでも入って乱交レイプしていれば良かったとすら思っています(それに手に職だの、進学断念のかわりに資格が欲しいなどと考えず、虚言マスゴミの手先にでもなって上級犯罪者になっていた方がマシだったなw)。せめて義理やらで帰るような馬鹿な真似をせず、逃げて私利私欲追求したら良かったと常に「反省」していました(「地元のために働きたくないし一緒に生きていきたくなかった」)。
この度の護国闘争を通じて、また新たな次元に「反省」を深めることができました。本当にありがとうございました。