北極茶釜/陸戦型たぬきそば

西洋史エッセイ、コントと寓話、時事問題など

神聖ローマ帝国とトルコ

神聖ローマ帝国とトルコ」

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 古代ローマ帝国地中海世界全域を制覇していたことをご存じの方は多いだろう。
 しかし何故「帝国」なのか?
 それは巨大すぎる版図の支配エリアを統率するためには、より強力な独裁的権力が必要で「元首」(皇帝)を選ぶしかなくなったからである。ただし元が共和政であったために、その地位は独特でアジアの君主とは違っている。
 ほとんど任期が終身君主で強力な軍事権力を掌握していたことは同じであっても、継承は必ずしも血筋による世襲に限らなかったのである。
 政治システム上ではいわば、日本で言えば「幕府の将軍」に近い立場で、朝廷(承認する側)の役割を果たしたのが元老院(有力支配階級の貴族会議)とローマ市民の支持であった。
 そのために中世の西ヨーロッパでは五つの皇帝家が交代したと言われるし、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)でも皇帝は世襲に限らなかったようだ。アジアの王様や皇帝や天皇が第一に「血統カリスマ」を正統性の根拠とするのとは、いささか様相が違う。


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 中世の西ヨーロッパでは一端滅んだ古代ローマの統治システムが擬似的に復活され、今度はローマ教皇が皇帝を戴冠するようになっていく(シャルルマーニュカール大帝の即位以後)。
 ただし教皇自身が世俗の大領主としての政治的性格を強く持っていたこともあり(それによって不安定な時代に存続できたとはいえ、調停者としての役割と両立させるのにはかえって世俗権力が邪魔になる面もあったようだ)、皇帝と教皇で聖職者の任命権を巡って争ったり(叙任権闘争)、政治権力の争いが絶えなかった。イタリアの諸都市でも、皇帝派と教皇派で対立抗争があった。フィレンツェのダンテなどもそんな争いで苦悩した一人であったらしい。
 また、いわゆる中世の「神聖ローマ皇帝」であるが、実質的にはドイツ王くらいの支配力しかなかったようだ(フランス王などは形式的に序列が格下であっても実質的には独立国でライバル関係)。また選帝侯と呼ばれる有力諸侯が皇帝を選出しており、最終的にはハプスブルク家がドイツ東欧とスペインを掌握したのが最盛期だろうか。ハプスブルク皇帝家は一次大戦まで存続しており、現在のオーストリアはその拠点であった直轄領の名残である。
 一方のローマ教皇庁も最終的には一次大戦直前のイタリア再統一で世俗の領主としての性格を失い、宗教指導者として純化されて現在に至っている。


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 なお、ローマ帝国は東西に分裂するわけだが、東のビザンチン帝国(ギリシャ周辺)は中世末期まで存続し、最後にはオスマントルコによって完全に滅ぼされた。
 トルコ人は元はウイグルのあたりにいたアジア系人種で、白人に近い上に長期間に混血して現在のようになったらしい。弓矢に巧みであったために奴隷兵士として売られ、その後には傭兵ビジネスで自分から売り込んで中東に移住する者も現れた。やがてアナトリア半島に王国を作るようになり、出世してイスラム圏の盟主的な地位にまでなったものらしい。
 塩野七生(ローマ史家)曰く、視察したらトルコはどうやら陸軍国なのだという。たしかに出自と起源からしてさもありなん、実はトルコは陸戦ではオーストリアの都ウィーン(ハプスブルク家の拠点)まで進撃して包囲攻撃することまでやっているくせに、レパント海戦ではベネチア共和国などの連合艦隊に負けている。


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 彼ら(トルコ)は近代まで軍事才能の能力的にも関心的にも、地続きの中東イスラム圏が第一だったのだろうが、それ以後の今ではヨーロッパとも繋がりを強めているようだ。トルコ語はフランス式(?)のアルファベット表記なのも、文明開化の時代の名残であるらしい(トルコやインドネシアイスラム教国としては比較的にソフトな世俗主義)。
 それ以外の中東イスラム圏の国ではアラビア文字が多い(と思う)。これは聖典コーラン」がアラビア語であるためで、厳密には宗教法で違う言語への翻訳を禁じられている(「コーラン」は預言者ムハンマドの言葉を、三代目指導者で学者でもあったウスマーンが書物として整理したものらしい)。おそらく違う言語への翻訳によって意味やニュアンスが微妙に変わってしまう恐れもあるし、元が見事な詩文であるために翻訳では美点が損なわれるからでもあるという(中世の頃にはアラビア語イスラム教徒の公用語に普及活用推進する上でも効果があっただろう)。
 なお、中東のイスラム圏の三大民族はアラブ人とペルシャ人(今のイラン)とトルコ人だとされ、それぞれが特技特徴を活かして連携協力し合っていたようだ。
 イランは今でこそ過激派の悪いイメージが根強いが、元は古い古代文明が栄えた文化的な土地柄であり、中近世の時代には文人官僚として活躍する者が多かったようだ。イスラム以前の神話や歴史を記した「王書(シャー・ナーメ)」や繁栄爛熟期のデカダン詩人の「ルバイヤート」などは、実は日本でも邦訳が出版されている。