北極茶釜(再度に逃亡w)

西洋史エッセイ、コントと寓話、時事問題など

ゼロサムゲームと消耗品(私見まとめの補足・結び)

 あえて再々に繰り返すようだけれども、自分には建設的な思考はもはやとっくに不可能である(ほぼ破壊完了状態でもある)。本心ではしょうもない自己都合・私利私欲くらいにしか興味はない。本当の意味での次世代・継承者ではないだろうし、何より公共や愛国心や善や未来への意志がない(最後に残っていた分も摩滅完了)。
 それがまだ護国側を支持継続していたり、(闘争の勝利と終了を予感して戦線離脱で)退いたはずが再三に復帰じみたそぶりや変に騒いだり怒り狂っているのは(ささやかなものだが)、本来はとっくに方がついているはずの「平成末の護国闘争」が延々と終わりなく続いているからだ。

 思い起こせば、小泉・民主党反日害国政権のみならず、安倍復活後にも一貫して水面下で危機と内部破壊と大規模な背信が継続されていたのだろう(二十年である!)。幸い「余命三年時事日記」プロジェクトなどが(国内反日や腐敗勢力への)牽制として有効に作用して、安倍・麻生などの采配や一部官民有志の奮起によって辛うじて小康状態をしばし守ったが、挽回・掃討と日本の完全回復に舵を切るには届かなかったのである。そして今もまだ、そのツケの蓄積ダメージがボディブローのように効き続け、危機そのものが新たな段階を迎えている。

 あるいは「お前(私)は日本人にウンザリして国の未来などどうでも良いのでないのか?」と世間人からは言われるかもしれないが、固執する理由は二つある。一つには、一端に護国側を(数年来)全面支持すると個人事情的にも退くに退けないということ。もう一つには「どうあっても現状を放置できない」と思っているからである。
 なぜなら単に腐っているとか愚かなだけでなく規模と程度が甚だしすぎる上に、元凶側が明らかに日本や日本人に「悪意」を抱いているからだ。あの民主党や異常左翼(マスコミや司法)にしたところで、もしも「善意の過失」であったならばまだ自制や反省が期待できるが、一貫して「故意に日本を破壊する」ために存続・活動しているのだから許す余地がない。またそれに連携・迎合している者たち(中央・地方の日和無責任政治家やプロ知識層の多数などが最たる事例)にしたところで、(私利私欲優先なりにも)良心や良識のブレーキや行動が一切に期待できないのだから、放置すれば何回でも際限なく似たようなことをやるに決まっている。コロナ世界テロ以後の一年余りを経れば、その認識はなおさら決定的である。
 まさに不倶戴天であって、「殺るか殺られるか」のゼロサムゲームでしかないことは明白である。だから私は、数十万人を射殺や簡易電気椅子(連鎖通電)で死刑に処すことにも全面的に賛成ということになる。たとえ(護国闘争でレジスタンスごっこの)戦いを続けようが止めようが放置や逃亡しようが(既にやる気ゼロであるが)、その基本的な判断自体が変わることは有り得ないだろう。

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 特定反日勢力の殲滅は当然であるが、旧来の「保守派」(偽装工作員・悪質な日和を含む)もまた大粛正が必要だろう(地方まで含め腐りきっているのでは?)。
 余命プロジェクトなどをはじめとした民間の護国有志・支持者たちなどからすれば(防衛・公安や一般の愛国的官僚からしても)、妥協(と裏での背信・共謀)ビジネスで延々と腐敗痴呆背信の「旧来プロ保守(特に政治屋)」のパフォーマンスと駆け引きの駒や利ざや稼ぎの道具に使われてはたまったものではない。現在のプロ保守(の過半であろう腐敗・悪質日和族)はあくまで当面の道具・消耗品として割り切り、むしろ「新しい戦後」には安倍などの指揮による「新しい与党」の再編成が是非とも必要だろう。
 なお、付言すれば私には日本人は「協調性溢れる良く出来た人間(=馬鹿?)」が多すぎるように思う。先に追記で少し述べたが、明らかな誤り(集団の大勢や上位者の意向での)に迎合・保身してデタラメやっているのでは、最終的には賊と変わらないのである。